みなさんおはようございます(^.^)

 

地元古河市内にも古民家の空き家は残っていると思います。   古民家を所有されてて空き家になってるからどうしようって・・・・・・・

長年受け継がれてきた古民家を自分の代で壊してしまうのではなく、その地域の為にも残し、活用していけるようにしましょう。

古民家の事なら私たちにお気軽にご相談ください。

 

 

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50年前の古河駅の写真。   私が子供の頃もほぼ同じ風景。

子供の頃に古河駅に行くときはどこか遠くに行くときか、親父が遠出するときの見送りやお出迎えくらい。  駅は子供の頃は何か淋しい場所っていうイメージ。

今のように駅を利用する人は、そんなに居なかったのかなぁ・・・・・・・ でも何となくみんな足早に歩いて狭い駅の構内には人が大勢いたような記憶がある。

昭和の時代っていいですよね。

 

 

東口よりも西口が栄えていたような記憶がある。  西口にはデパートの伊勢甚があり、中華屋など・・・・・ 私の親父が施工した古河第一ビルや若野屋さん、秋山おもちゃ屋さん、ます善さん・・・・・・

西口は歩いている人も多く、賑わいのある街でした。  小学校に入学する前に親父とお袋に連れられてランドセルを見にあの辺をあるいたような。

歩いていると、ゆげ用品屋さんや、魚豊さん、ます善さん、かもじ屋さんとかに親父に連れられて立ち寄った記憶が。

 

 

私の親父が建築士の試験で水戸まで行った日の話。  親父は親父のお袋からその日350円をもらって古河駅から電車で水戸に行ったそうです。

昼は親父のお袋が作ってくれたおにぎりを食べて日が暮れたころに古河駅に着いたそうです。

腹が減ったから、残りの100円で、東口の立ち食いそばを食べに寄って腹がいっぱいになってお代を払おうと・・・・・・・ ポケットにあったはずの100円がない・・・・・・

親父は、ポケットの中を何回も探したけどない・・・・・・  親父は無いから逃げちゃおうかどうしようか・・・・・・・ そして、もうないなって思って下を向いたら親父の靴の上に100円が落ちていたそうです。

たぶん、探しているうちに落ちたのかなって。

そういう貧しい親父が今の会社をここまで伸ばしてくれた。  親父はすでに82歳。  いつまでも元気で長生きしてほしい。

 

それでは今日は心に太陽を持って、素敵な一日をお過ごしください(^.^)